けれど、だけど、と言う後置きの言葉にあるもの

人とのコミ二ケーションは、難しいです。
特に、相談ごととなると、相互の人間関係や
相談する側の思いなり、持ちかけた相手への絶大な信頼の上での相談ごとと思います。
それが、例えば、一つの相談ごとに、対して、相談される側のこちらが良かれと思い、
一つの結論をアドバイスをしても、
けれど、だけど、と言う後置きの言葉が帰ってきた時、「私の一番嫌いな言葉」になります。
自分の心の中では、じゃあ、相談するなと気持ちでめげます。
特別、肉親となるともう一段、ややこしくなります。
ある日、高齢の母親が自分では、判断できないと崖崩れ補修工事の業者選択を頼まれ、相談されました。
自分なりに選定して母親に解答した所、自分でさっさと決めていました。
その時には、けれど、だけど、の言葉後に、貴方ガ仕事などで留守でいないからよ。と逆切れされました。
また、ある時、高齢なので原付バイクでの買い物は止めて、通販など他の方法でと頼むと、
そう思うけど、けれど、だけど、の後に私は、スーパーなどでなく、対人販売の小売店で買い物がしたい。と言うのです。
家族は、有りがたいです。痴ほう症を発症している介護2・88歳の父親の存在です。
次に、この夏、父親が脱水症で再入院した時に、医師から十分水分を取るように言われていたり、涎や下の世話など色々問題が
出て来た時、その都度、医師・看護婦・介護カンセラーの説明を聞いて、
本人は、頷き納得して帰ったのに、
後になって、どうしようと私に聞くのです。
なぜ、いつもこうなのと聞くと、けれど、だけど、と言う後置きの言葉の後に、
理由を付けて機関銃の様に答えが返って来ます。
そう言う時は、父親が女房を諭してくれ、私の言うことにも耳を貸してくれるこもあります。
83歳の高齢である母親の言動は、しょうがないことでしょうが、
けれど、だけど、と言う後置きの言葉が日常の会話を邪魔します。
けれど、だけど、と言う後置きの言葉を使わずに済む家族で在りたい。
その言葉言わせる私に問題ありかも?

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